コラム

AIと一緒に読書

クロスメディア部

読書は長いあいだ「ひとりで向き合う営み」として扱われてきました。静かな場所で本を開き、ページをめくり、理解し、考えを深めていく。その孤独だけれども空想や構想が広がる時間こそが読書の魅力だ、と語られてきたように思います。
しかし近年、AIという新しい読書の“相棒”が登場したことで、この風景が少しずつ変わりつつあるのではないでしょうか。

AIを使った読書と聞くと、「結局は要約を出して終わりなのでは?」と感じる方もいるかもしれません。確かに要約機能も便利で、難しい文書に対してとっつきやすくすることは有効です。
しかし、AIを読書に使う価値はそのはるか先にあります。
「ひとりの読書では到達できなかった思考の道筋に、AIとなら手を伸ばせる」ことが新しい、最大の魅力だと思うのです。

昔であれば、辞書を引いたり、巻末の注を探したりする必要がありました。最近だとドラマ「舟を編む」などでも辞書の魅力が存分に語られ、辞書そのものを読むおもしろさもあります。一方で辞書を手に取るには時間もかかり、調べること自体が負担としてのしかかることもありました。

AIがあると、ここががらりと変わります。読んでいて疑問に思った瞬間――語義、背景の歴史、著者が参照した思想、専門用語の正確な定義。そうした「引っかかり」をすぐに投げかけることができます。するとAIは、辞書のように一つの意味だけを返すのではなく、文脈を踏まえた解説を返してくれます。

10年以上前にハンナ・アーレント『人間の条件』に手を出して、さっぱり分からないという経験をしました。
・労働(Labor)
・仕事(Work)
・活動(Action)
という有名な3つの分類があります。
ブルーカラーが「労働」、アーティストのような活動が「仕事」、そして政治などのように他者との対話によって公共に寄与するのが「活動」だというのです。
当時、この3つの分類が全く理解できませんでした。
労働にしか携わっていない人間に価値はあるのか?
仕事として作り出す人間は労働者よりも価値があるのか?
このようなことは解説書ですぐに理解できるようなものではなかったりします。解説書は書かれていることには答えがありますが、書かれていない自分のささやかな悩みは解決してくれませんでした。
それを10年越しにAIを使って読み解いてみると、これらの分類がどれか一つに属するのではなく、労働と活動のように複数の分野にまたがることもあると気づくことができたのです。

「AIに頼ると自分で考えなくなるのでは?」という懸念もよく耳にします。しかし、実際には逆の現象が起きます。AIと一緒に読むと、むしろ「考えたいこと」が増えるのです。読者はAIの答えと自分の考えを照らし合わせ、どこが違うのか、どこが面白いのかを考えるようになります。問いや気づきが増え、次に読みたい本が続々と増えてくることを実感しました。

印刷や出版の世界は、長いあいだ「紙の強さ」を礎としてきました。しかし、本が読者にもたらす価値は、紙そのものではなく「読みながら世界を広げていく行為」にあります。AIはその行為を妨げるどころか、むしろ強力に後押しする存在になっています。

静かに本を読む時間は今後も変わらないでしょう。一方で、AIという対話相手をそばに置くことで、読書はより自由に、より創造的に、そしてより深く楽しめるようになります。紙の本とAIの組み合わせは、単なるデジタル化ではなく、「知の冒険を加速させるための新たな道具」として、大きな可能性があり、個人的にはこれからも併用していきたいと感じました。

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